明日今年が終わるからさ

日記

なんでオレンジかというと、オレンジのイラストが描きたかったから。ビタミンC取ろうぜ。

兎年が終わるということで

明日は兎年の日ラストで、来年は辰年らしい。スーパーの鏡餅の上のフィギュアを見て干支を意識する。一年のうちで干支を意識するのはこの一週間くらいなんじゃないだろうかと思う。

実家に帰ってそんなことを考えていたら、昔あったまあまあエグいエピソードを思い出したので書いておく。

私と妹が小学生の時、近所の家の奥さんがウサギをペットとして飼い始めた。実際に見せてもらったことは無かったけど、白くてフワフワのぬいぐるみみたいなやつだったらしい。

「だった」という過去形なのは、そのウサギは数日後失踪するからである。奥さんはウサギが失踪して近所を探し回り、私たちの家にもやってきた。もし庭に来てたら連絡します、と我々家族は約束してその日奥さんは帰って行った。

それからそう遠くないある日、妹が学校からの帰り道に白くてフワフワした玉のようなものを拾って帰ってきた。それは女児の髪ゴムについてる飾りのようでもあり、金具部分がとれたキーホルダーのようでもあった。触るとフワフワで気持ちいいし、見た目が可愛らしいので我々姉妹はそれを弄っていたのだが、母がそれを見つけて、外に置いときなさいと言った。

私と妹はその時どうして母がそんなことを言ったのかよく分からなかったのだが、言う通りにした。数日後、そのフワフワに小さい蟻がたかっていた。私たちは不思議に思った。

私の家はだいぶ田舎にあって、キツネとかタヌキとか、場合によってはサルとかが出没した。子供の貧弱なおつむでは、ウサギの失踪と肉食獣と白いフワフワを結びつけることは難しかったのである。

数年経って、あれはもしかしたらウサギの尻尾だったんじゃないかと気づいた時、グロさが時間差で私を襲った。食物連鎖だねぇ。

ゲームブック

数日前、ゲームブック作りたいなぁという気持ちが抑えられなくなったので、メンバー募集サイトで協力者を募った。何度も冷やかされ、インターネットの洗礼を受けてるのにも関わらず懲りないものである。

で、一人の人がいっしょに作ってもいい、と声をかけてくれたので私はありがたく思い、とりあえず今まで作ったものを見せながら温度感とか制作過程を説明しようとした。

前作をその人は結構真剣にプレイしてくれて、なんなら自力でフローチャートを復元できそうなくらいやり込んでくれたのだが、プレイが終わった瞬間LINEを消して退出した。

超絶笑った。

ひとしきり遊んで、遊び終わったら満足して本来の目的を忘れている。まじでこいつ大人なのか?と思ったが、社会に出ている人間でも、心は成長しないのかもしれない。インターネット、特にそういうサイトでは香ばしい大人をたくさん見ることができる。

私より年齢が高い人の方が圧倒的に多いサイトではあるため、残念な大人を見る機会が多い。そういう残念な大人に出会う時、私は呆れると同時に少し社会に対して馬鹿にし、安心する。ああ、大人になってもあんまり大人っぽくない人もこんなにいる、と思うと、多少は肩の力を抜ける気がする。

時々ゴミみてえなこのインターネットに救われ、愛すべきしょうもない大人に不安感をぶつけて解消している。

まあ、多くの大人はきっとそうじゃないし、ドタキャンや蒸発もしないし、日本語も通じるんだろう。私はそういう大人をかっこいいと思うし、そうなりたいし、そうなるべきともわかってる。下ばかり見るなと言われるかもしれないことは承知。でも、時々は見ることを許してよ。

エンタメ依存症

実家に帰って本を読んでいる。

最近気づいたんだけど、私は今まで自分のことをスマホ依存症だと思っていたけど、実はちょっと違うんじゃないか。

別にスマホじゃなくても良かった。本でも、マンガでも、映画でも、アニメでも良かった。他人の作品を何か手の中に持って常に脳に流し込んでおかないとソワソワしてしまう、エンタメ依存症だった。目から30センチくらいの位置に、活字かイラスト、動画が無いと耐えられない。遠くを見られない。

思えば、幼少期からその気はあったかもしれない。小学生の時も常に本が手元にあった。帰り道も歩きながら読んでた。中高では小説、スマホ、それらが無い時は必ず単語帳か問題集が決まって私の目から30センチの位置に常にあった。目が悪くなるわけだよ。まじか、そうだったのか。

ってことを自覚して、なんかすごくしっくり来た。

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