日記 7/23 こんな夢を見た

日記

今週はテスト期間だ。なのにやる気がぜんぜん起きないんだ。言い訳も理由もないんだけど、億劫なんだ。今年の夏休みはたくさん海を越えて遊びに行く予定だけれど、実家の田舎に帰省することはできないから、両親と顔を合わせることも少ない。単位を落としてしまったら申し訳ないなあと思うけれども、どういうわけか、できないんだ。

昨日だったか、夢を見た。目が覚めた後も、はっきりと内容を覚えていられる夢を見るのは数年ぶりくらいな気がする。起きたとき、「あ、夢を見てたんだ」と思い、その内容をあまりに鮮明に覚えているので、まるで寝ている間に映画を一本見たような気持ちになった。その夢というのはカオスそのものだったんだけど、自分が正気の時には思いもつかないような事象の組み合わせを見れて、映画の自給自足をしているみたいな、とてもお得な感じがして嬉しかった。

その夢の内容というのは、文章にしてあり、以下のURLから読めますが、理解しようとしてはいけません。私はそのカオスさが気に入ったし、なんならそこに偶発的な芸術性さえ見出しています。ああ、毎日のように起きた後も少し覚えていられるような夢が見られる人が羨ましいなあ。

短編集 - 再上映
ギャグ 短編 純文学 ネタ 一駅 5分

自分の見た夢を文章にして起こしてみると、夢って、見ているときに明らかに夢だな、と思う要素がいくつもあることに気付いた。例えば、しゃべっている人の顔や声が具体的ではないとか、場所が不思議の国のアリスばりにころころ変わったりだとか、後から考えれば大きな音がするはずのシーンでも音がしなかったりとか、登場人物の設定がメチャクチャだったりとか。でもなかなかこれは夢だと気付けない。自分で一から書こうと思っても絶対に書けないような、自由でカオスで狂った映画。とても楽しかったから、またそんな起きた後もちゃんと覚えていられるような夢が見たい。

話は変わります。今日、一万円するワンピースを買った。以前からその店の前を通るたびに好みだなあと思っていたもので、今日見たときについに買ってしまった。五千円のトップスも、五千円のスカートも買ったことあるけど、一万円のワンピースは初めてだったから、買い終わって紙袋を引っ提げて店を出たとき変な汗が出た。「一万程度で冷や汗かくな、美意識の低い奴め」と思う方は今、そういう話をしてるんじゃないので黙ってろください。

普段から私はあんまり服にお金をかけてない部類だと思う。昔からおしゃれというものにあまり関心がなくて、必要に駆られて服屋に行くと、いつもチェーン店で無難なものを選んでいるような人だった。化粧も大学生になって必要になったから、しょうがなくお母さんが買ってきたセットを毎日使っている。高級化粧品が気にならないわけじゃないけれど、別にそこまで欲しいわけじゃない。ブランドも興味ないし、おびただしい色の口紅とか見ると、何が違うん?と思ってしまう。違いがわかんないなら安いのでいいよ。他の人は違いがわかるのかもしれんが、顔見た瞬間相手のコスメの内訳がわかるわけでもあるまい。え、それともなんですか、世間のおしゃれと言われる女子は、黒子のバスケの相田リコ並みに相手のステータスがわかるっていうんですか。怖いって。

まあ、化粧や服に限らず、すべての物の消費は、価値がわかる人が金を出して、わからない人は黙って安上がりなものを選んでおけばいいんですよ。私の場合、弓道の道具はちゃんとお金をかけるところはかけるし、好きなバンドのグッズやライブの金をケチったことはない。本や漫画は好きになったものはそろえる。消費とはそれでいいんじゃないかと思う。私にとっての化粧品や服への値段の感覚は他の人と違って当然なのだ。

で、なんでそんな私が冷や汗をかきながらも一万のワンピースを買ったかっていうと、まあ、単純ですけど、欲しかったからです。欲しいけど、ちょっと高いな、と思ったら私はいったん時間を置くことにしている。何日か経って、何か月か経って、またもう一度それに会った時もまだ欲しかったら、その時は潔く買う。そうして買ったものは、これから、この商品を買ったことを絶対後悔しないぞ、しないようにするぞ、してやるものか、と思い、少しはその物を大切にできると思う。

書いてて思ったけど、あれ?私ってこの考え方を人間関係でも使ってしまってる?私が本当に心を許してる人はあんまりいないんだけど、その人たちとも最初は微妙な距離から始まって、だんだん心を許していくみたいな感じだった気がする。ああ、だとしたら相当面倒な性質を持ってるわ。友達をたくさん作るのにあまりに向いてないじゃないか。まあ、変えられないのでしょうがないんだけど……。今友達でいてくれてる人のことは、たぶん相当の事がない限り私は大事にするよ。相手に嫌われてもたぶん私は嫌いにはならない気がする。

また話題変わるけど、Twitter見てて、流れてきた言葉の中に確かになあ、と思えることがあったので、書き残しておく。書き方は違っただろうけど、内容はこう。

0か100かでしか物事を考えられないのは、頭が弱いから。

これ、すごく納得した。世の中には賛否両論のこととか、すぐには決められないようなことがたくさんある。いつまでものらりくらりと決断をしない人はイライラするし嫌いだけれど、決めるのが難しいことが世界にはたくさんあるということも理解してる。でもやっぱり、決断を「しない」というのはよくないから、最終的に出す結論が0か100かの二択だったとしても、よく考えて60だと自分の中で結論付けて、答えを聞かれた際には「どちらかと言えば100」と答えればいい。「僕には0にも100にも思えません」で思考が止まってしまうのは良くないな、ととても思った。Twitter民や、選挙に行かない若者はこういう思考の輩が多いんじゃないかとうっすら思う。

さて、テスト勉強とアニメ鑑賞、どっちを取ったらいいかわかんないな。テスト勉強やりたいが40、アニメ観たいが60。さあ困った。今回はこの辺で。じゃあね。

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