飛べない夜鷹は市蔵になるしかない。
人質の朗読会
小川洋子
海外旅行中にゲリラによって捕虜にされた日本人8人は、自分の人生のささいな、でも重要だった物語を一日にひとつずつ朗読した。その祈りのような朗読は盗聴器によってラジオに流れ、誰かがそれを聴く。
平凡で目立たない人生の登場人物ばかりだったし、エピソードも全然劇的じゃない。でも、その人にとっては人生で一番大事な思い出だった。他人からすれば小さな出来事でも、本人にとっては、人生やものの見方すべてをがらりと変えてしまったほどの重要な一瞬だったりする。
恋する寄生虫
三秋縋
自分には、一生、伴侶と呼べる相手ができないんじゃないか。自分はこのまま、誰かと愛し合うこともなく死んでいくんじゃないか。自分が死んだとき、涙を流してくれる人間は一人もいないんじゃないか。
外を歩いていて、いかにも幸福そうな夫婦を見かけたとき、しみじみと思う。『あれは、自分には一生手に入らないものなんだろうな』って。そのたびに、たまらなく悲しい気持ちになる
「人生で一番の思い出が、好きな男の子と目が合った程度のことだなんて、なんて寂しい人生だろう」と笑う人もいるかもしれません。しかし僕には、彼女の気持ちがとてもよく理解できます。
寄生虫の不在による希死念慮。寄生虫のせいで死にたくなるんじゃない。元々の死にたがりを寄生虫が生かしていてくれた。とっくに寄生虫は主人公の一部だった。何度も読んでるし、実家に一冊あるのに、本屋で見つけてまた買ってしまった。私はこの人の小説が本当に好きなんだと思う。
自分のあたりまえを切り崩す 文化人類学入門
箕曲在弘
それが常識だとすら気づいていないことについて考える。当たり前を切り崩す学問、それが文化人類学。面白かった。研究者本人も自分の文化に思考を縛られているから、異文化を研究することで、人間共通のものを見出していく。
「場所はいつも旅先だった」って映画は文化人類学にすごく近いなと思った。
血の繋がった家族じゃないと悲劇的な印象を受けるのは、私の文化の特徴で、他の文化では別に気にしないところもある。贈り物をもらったら返さないといけない負い目を解消するため、文化ごとに色々な方法がとられている。汚いものの定義は、場違いなもの。何かの一員になる為の儀礼は各地で行われていて、分離、過渡、統合の状態を経る。日本人が自分は無宗教と思っているのは、歴史的な定義に過ぎない。偶然の嫌な出来事に納得出来る説明をするために、人は色んな概念を作り出す。
潜水服は蝶の夢を見る
ジャン・ドミニック・ボービー
ある日突然、全身麻痺によってロックトイン・シンドロームになってしまったフランスの男の手記。体は全く動かないのに、頭は普通の人と同じように考えることができ、さながら潜水服に閉じ込められたよう。
身体を奪われて心だけになった彼は、長い時間、思い出を振り返る。書かれているのは綺麗な文章で、どれも美しい思い出ばかり。辛くて悲しいことは私たちの想像以上にたくさんあるだろうに、ユーモアと皮肉でさらっと書いている。
心だけになった時、私の頭には、人生の本質には何が残るんだろう。
余白の愛
小川洋子
会社っていうのは、わたしが普段考えもつかないさまざまなものを、真剣に作っているところなんですね。小麦粉には小麦粉の、ハサミにはハサミの、絵本には絵本の常識があり道徳があり哲学がある。自分は今まで何かを作ったことなんてあったかしら、と思うと愕然としました。何にもない。クリップ一個、カイワレ大根一本、自分で作ったことがないんです。急に自分が情けなくなって、嫌な気持ちになりました
n-bunaさんが好きな小説家っていうの、すごい分かるかも。情景の描写が綺麗。
実は彼は最初からこの世にいない人だったとか、昔ヴァイオリンを弾いていた少年のことが忘れられないとか、青いインクで速記する手が好きとか。
夫に浮気されて離婚以来耳鳴りに悩まされる24の女が立ち直っていく話。思ったより女が若かった。冬の話。
女は指フェチ。
知的複眼思考法
苅谷剛彦
ステレオタイプから抜け出して、一段上の視点から考える方法が書いてある。
何か企画するとき副次的効果に気をつけないといけないとか、問いを深く細分化していくとか、研究テーマを選ぶことが苦手な学生について、答えがあると信じて物事にあたろうとする態度について、大きくてふわっとした言葉を使うことで思考停止に陥る危険性、批判的な本の読み方など、確かに大事だなと思わされる思考法について書いてあって面白かった。
海
小川洋子
短編集。2009年。
『海』 これから妻になる泉さんじゃなくてその弟との話。結局彼は何歳くらいで何をしている人なのか。
『風薫るウィーンの旅六日間』 オチに笑った。ばあちゃんのうっかりに付き合わされてるのに、なぜかフォローする側になる。
『バタフライ和文タイプ事務所』 活字管理人という職業を初めて知った。レトロで趣き深い。急にえっちになるのやめて?
『銀色のかぎ針』 短い。でもこういう日記みたいのがいいんだよ。
『缶入りドロップ』 子供の涙を止めるためにわざわざ5個も缶を買っておくなんて不器用な優しさが好き。
『ひよこトラック』 昔は着色されたひよこがほぼ虐待みたいな売られ方をしてたことに驚き。失語症の女の子が言葉を話す話。
『ガイド』 この短編集の中でこれが一番好き。詩集を必要としない人は大勢いるけど、思い出がない人はいない。
飾り立てたり、気取ったりしないことだ。ありふれた言葉にこそ、真実が宿っているんだ
生きるとは、自分の物語をつくること
小川洋子 河合隼雄
2人の対談と、小川洋子さんのあとがきが書かれたもの。なんで小説を書くのかという質問に対して、小川洋子さんが答えを出していく。
カウンセラーは自分が納得したいがために勝手に物語を作ってはならない。ただ、話を聞きたいという態度で何も言わないで待つ。相手の世界に付け足さないし触らない。というようなことを河合さんが言ってたのに深く同意した。
中高生の頃とか、自分のことを話したいのに適切な言葉を知らなくて、でもちゃんとした表現以外では語りたくなくて、黙ってしまって、でも決めつけられたくない、という真実がこんなに正しく大人に理解されて言語化されることがあるだなんて驚いた。大人になったらみんな子供の気持ちを理解出来なくなるというのは嘘なのかもしれないと思った。
意識はどこからやってくるのか
信原幸弘 渡辺正峰
理系は近くで細かく見たがり、文系は遠くから広く眺めたがるような印象を持った。どちらも両方の視点を持ってるんでしょうけど。
デトロイト・ビカム・ヒューマン、カタシロRefrect、葬送のフリーレン、エクス・マキナなどの作品を想像しながら読み進めてた。死が怖いから自分の脳を電子の世界にアップロードしたいという近未来的発想はわからんでもない。
これまでの常識を全部無かったことにしてしまうほどの技術については、あらゆる角度で検証し、考察していかないといけないなと思った。当然理系研究者だけじゃなく、文系哲学史や社会学者など、みんなで意見を出して話し合わないといけない。
制約というのは、解決すべき問題を解くために与えられる条件(=所与)です。何でもできるということは何にもできないということだともいえるので、ウェルビーイングというものがあり得るとすれば、何らかの制約のもとでしか考えられません。
生きる幸せや意味などの話題で出た言葉だけど、自分の体験を思い出した。東京に来て、なんでも出来るようになった気がしたけど、実際そうでも無いと思ったのは、解決すべき問題が無くなったから。制約が無くなって不便だなぁが無節操に解決されてしまって、これ以上、不便を解決するという幸せを得られなくなったということなのかもしれない。
ムーン・パレス
ポール・オースター
太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である
考えてみれば、図書館というのは現実世界の一部じゃありませんからね。浮世離れした、純粋思考の聖域です。あそこなら僕も一生、月にいるまま生きていけますよ
主人公の青年は若くして身寄りのない孤独な生活で、どこか浮世離れした性格。お金が無いけど、働くという選択肢が出てくるのはいつも、他人に対する自分の体裁を整えなくちゃならない必要性に駆られた時のみ。それ以外はもらった金で本を読んだり文章を書いたりして過ごす。この小説内で金をすごく持っている時と、全く持ってない時が交互に来て、悪い時は一文無しのホームレスにまでなる。その生き方が、すごく自分自身の「人生」を生きていて、生きるのは全て自分のためである感じがして好ましかった。
ブレイクロックというアメリカの画家を知った。
月に関する空想が書かれるシーンがあり、ファミレスを享受せよというノベルゲーを思い出した。
ぼくには数字が風景に見える
ダニエル・タメット
サヴァン症候群とは、記憶や芸術や数学にたいする驚異的な才能。しかし、ダニエルはアスペルガー症候群という発達障害(自閉症にすごく近い障害)も併せ持つ関係で、人の心がわからない、感覚が過敏、ルーティンを外れる事が苦手、新しい環境をなかなか受け入れられないなど、社会に上手く馴染めなかった。
子供の時は虐められる原因だったのに、大人になるとそれは皆が褒めてくれる強烈な個性になった。
彼が優しく、穏やかに成長して、周りの人を愛したり、人の役に立つために才能を発揮したりできるようになったのは、本がたくさんある家庭に育ったこと、彼のことを諦めず、ある程度自由にさせ、愛情を注いでくれた両親の存在が大きいんじゃないかなと思った。
本の中では、〇〇が好き、〇〇が苦手という表現がたくさん出てきた。彼の素直な生き方が出ていてすごくよかった。
漫画
左ききのエレン
かっぴー
何かにならなきゃ…退屈で…生きていけねぇよ…
「……アーティストには…なれなかったんですよ…」「だったら……サラリーマンやれよ」
私は…そいつに… 描けって言った… 幸せになんてならなくていいって… 描けよ…って
あなたが大人になる前に やらなくちゃいけない事がある 本気出せ 本気出して 本気出して 本気出して それから諦めろ そしたらあの日のあなたはきっと許してくれる たとえ夢が叶っても叶わなくても あなたは自分を愛せるから
プランAとプランBで悩んだ時に… プランCが出せる人になってください
ちょっとだけ社会人が怖くなくなってワクワクする気がした。ブラック企業が何かと問題になり、仕事に全てをかける人はよくないとされがちな雰囲気が最近はあるが、ワーカホリックは「何者かになりたい」という強い意志がある。頑張るって素敵だなと思った。
まとめ
本11冊、マンガ1シリーズ。ひとり旅に出ると本がたくさん読める。